「あ!みなちん先輩と唯ぴー先輩!」 秋が、元気いっぱいな声でそう言った。 視線を移すと遥か向こう、廊下の奥では、一つ年上の先輩二人が笑っている。 「全体ミーティングの度に思うけど、あの二人ってやっぱり仲良いよね!」 「そうだね」 「やっぱり付き合うのかな?」 心臓が跳ねた。 言葉にも詰まってしまう。 我に返り秋を見れば、しまったという顔。 「ご、ごめん!!でもコヨみんも頑張り次第でいけると思うんだ!!」 「ふふ、大丈夫。そんなんじゃないってば」 余りにもわかりやすい慌てっぷり。私なんかと違って、本当に真っ直ぐな子だ。そして思わず笑いながら返した言葉に嘘は無い。
確かにライブが終わった後、深海8000の感想を言いたくて声をかけるのはパートが同じ湊先輩だ。その関係から、最近はドラムを教えてもらう事もあるし、何かと話すことが多い。話題に出すことも増えただろう。 でも、それとこれとは違うはずだ。違うはず。きっと、多分。 「んー、でもコヨみん、最近みなちん先輩の話ばっかりだよー?」 瞬間、顔が一気に熱くなる。 「そんなこと無い」 「そんなことあるもん」 「無いってば」 押し問答が続いた。 そんなこと無い。そんなこと。そんな……。 つまりは、無理くり否定したくなる程には、意識している。 「ごめん、本当はなんとなくだけど、自覚はある」 答えながら、つま先の赤い、私より少しサイズの大きな上履きを見つめた。 「湊先輩も、コヨミちゃんがねって話してくれるし、良いと思うんだけどなぁー」 恋バナがマイブームらしい秋は、なんとも調子のいい言葉を口にする。どれくらい本気で話しているのやら。 (コヨミちゃん) 穏やかな声を思い出して余計に顔が熱くなる。体が固まって動けない。 秋は今きっと、いや絶対に笑っているだろう。そう思うと固まったまま視線を上げることができなかった。 「まぁまぁ。好きって楽しいことなんでしょ?良いじゃん!誰にも言わないね!」 ──好きは楽しい。 過去に好きと言った人達を思い出す。 ──片想いが一番楽しい 過去に好きと言ってくれた人達を思い出す。 ──恋は人生を豊かにする 本当に?
「秋ちーん!コヨみーん!やっほ!」 ぐるぐると巡った思考から、パチンっと意識が戻される。 遠くにいた2人は話している間にだいぶ近くまで来ていたらしい。 「唯ぴー先輩みなちん先輩こんにちわー!!」 少し前なら、パタパタと駆けていく秋の背中を見ていたのに。 「秋ちゃんこんにちは。今日も元気だね」 優しい笑顔から目が離せない自分がいる。 「唯先輩、」 好きかなんての結論は出ないまま。 けど一度、 「湊先輩、」 一度だけで良いんです。 秋に向けられたのと同じ、ただ、名前を呼んで欲しくって、 「こ、こんにちは!」 また詰まりながら、努めて明るく、その笑顔に声をかけた。
2019/9/16